2011年4月アーカイブ

眠れない夜に考える

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今日は変な時間に目が覚めてしまったので、普段は書かないことを書こうかと。

昨日こんな本を買って来て読みました。

(ひさしぶりにアフィリエイト使った・・・)

頑張らない、無理しない、と書いてありますが、「意外とのび太って努力してたんじゃん」というのが感想ですね。

ところで、のび太で思い出したことがあります。
長い間記憶の中に封印していたことですが、もういい大人だし、先日とあるきっかけでトラウマを克服することができたので書いてみようと思います。


幼稚園から小学生の頃はいじめられていました。

小さい頃は特にこれという取り柄もなく、運動は全くダメでした。
小学生の間は50m走は12~13秒。ソフトボール投げは全力で投げて15m。水泳は3年生くらいまで5mしか泳げず、逆上がりができたのは大人になってからでした。自転車に乗れたのも2年生になってからでした。

幼稚園の頃、毎日が嫌で嫌でしょうがなく、「幼稚園なんか辞めてやる」「家出してやる」「死んでやる」「どうして産んだ」と母親に泣きながら食って掛かっていたのを覚えています。

初めて自殺しようとしたのは4歳の時です。タオルで首を吊りましたが、子供のやることですから当然失敗しました。これまで何人か自殺、自殺未遂をした人に会いましたが、さすがに幼児は見たことがありません。


幼稚園の頃は幼いので記憶もあいまいな所が多いのですが、小学生の時の記憶は陰惨です。そもそも思い出す映像に色がありません。
制服に歯磨き粉を付けられる、靴を隠されて仕方なく上履きで帰るのはよくありました。
ストレスからか2年生の頃は昼間遺尿がありましたし、喋るのも上手ではありませんでしたからよくからかわれていました。言い返すことができないので相手を殴ったりすると「暴力はいけません」「喧嘩両成敗」と先生から言われて、僕ばかり怒られていました。

「暴力はいけないって言うけど、言葉の暴力はいいの?怪我は治るけど、心の傷はいつまでも治らないよ」
「喧嘩『両』成敗って言うのに、どうして僕だけ怒られるの?」
「どうして僕があいつを殴った理由は聞いてくれないの?」

・・・などなど、思ってはいましたがやはり先生には言えず・・・
言った所で20年前の学校現場なんて、先生だって殴る蹴るは当たり前でした。今じゃ考えられないですが。
母親はこんな息子を抱えてさぞかし大変だったのではないかと思います。実際どうだったのか一度は聞いてみたいのですが、未だにできずにいます。


先生の殴る蹴るよりもっとひどい記憶があります。これは本当に今まで誰にも言ったことがありません。

他は許せてもこれだけは一生許せない記憶です。

3年生の担任は決して自分では手を上げませんでした。
が、忘れ物をした生徒はお互いを平手打ちするというのをやらされました。
力が弱いとやり直しを命じられました。
自分をからかった相手なら全力でやりましたが、自分に何をしたわけでもない同級生をどうして全力で殴ることができるでしょうか?
3回くらいやり直しを命じられ、泣きながら友達を引っぱたき、彼からは思いっきり引っぱたき返されたのをよく覚えています。
その友達には一回で終わらせることができなくて申し訳なかったと思う一方、その先生(先生と呼ぶのも嫌なくらいですが)への憎しみだけは今でも消えないでいます。忘れ物を注意するなら他にいくらでも方法はあったはずです。現にそんな方法を使ったのはその先生一人だったのですから。自分は手を上げないで人にやらせるなんて卑怯にもほどがある。


我ながら、よくもまぁ不登校にもならず、大学まで行けたものだと思います。
今はそれなりに仕事をしていますし、あれだけ憎んでいる学校の先生に指導をすることがある立場にいるのもなんだか不思議な気がします。

どうしてあの暗い暗い小学生時代を生き抜くことができたのでしょうか?
ちょうど小学校に入った頃(1982年)、我が家にパソコンが来ました。「これからコンピュータの時代が来る」と、父親が兄に買ったものでした。今思うと父親も先見の明があります。
この小中学生にはもったいないくらい高級なオモチャに見入られました。当時のパソコンは自分でプログラムを作らなければ動きませんでしたから、お小遣いでパソコン入門の本を買い、全部暗記するくらいの勢いで読みました。
三角関数や対数など、どうしても小学生には理解が難しい概念が出てくると、「いつかは使えるようになってやる」と今度は数学の本を読みあさりました。まぁさすがにこれは中学生になってからですが。
一人だけ近所にやっぱりパソコンを持っている友達がいて、彼の所にしょっちゅう遊びに行っていました。
ゲームをしたり作ったりして遊びながら、「将来はプログラマーになる」などと夢を語っていました。

以上から考えると、一つは夢中になれるものがあったこと、もう一つは夢を語り合える友達がいたことが、小学生時代を耐え抜いた理由なのだと思います。
それ以降も興味の対象は転々としたのですが、常に誰かに夢や理想を語ってきました。実現しなかったものもたくさんありますが、夢や理想を語り続けてきたからこそ、その後も何度も挫折や絶望を味わいながら今日まで生き延びたのだと、「のび太」という生き方を読んで気がつきました。

・・・2時から書き始めて今5時半です。ようやく少し眠くなりました。それでは今日はこの辺で。

Movable Typeのタグ問題

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もう他のサイトでいっぱい紹介されているんですが、自分自身のメモとして。

このブログはMovable Typeで動いております。

以前から、日本語のタグを設定すると、同じタグ名なのに別々のタグとして記録されるのでどうしたものかと思っておりました。
調べてみると、MySQLのデータベースを作成する際、文字コードをEUCにしていたのが原因と判明しました。

というわけで、
  1. MySQLのテーブルをバックアップ(これは結局使わなかった)。
  2. Movable Typeのダッシュボードからシステム→ツール→バックアップで全体をバックアップ。
  3. MySQLのテーブルをいったん削除し、UTF-8で作り直し。
  4. MySQLのサーバー名が変わったのでmt-config.cgiのDBHostを書き換え。(これはうちの環境だけです。サーバー名が変わらなければ当然そのまま)
  5. Movable Typeにログインすると最初のウェブページを作りますとか聞いてくるので適当に作る。
  6. 今度はMovable Typeのダッシュボードからシステム→ツール→復元でバックアップしたファイルをアップロード。
  7. この時点でMySQLには以前のデータがUTF-8で書き込まれるので結局MySQLのバックアップは使わず。
  8. 適当に作ったサイトを削除。

以上で日本語でも問題なくタグが使えるようになりました。

さて、我が家にも石見グランフォンドの案内が届きました。
ゼッケンは310番。「佐藤」とでも覚えて下さい。(本名は佐藤ではないですが)

初めてのグランフォンド、目標はもちろん「完走」なわけです。
が、指折りのハードなコースが待ち構えている石見ですので、本当に走りきれるのか不安もあります。
というわけで、どのくらいのペースで、どのくらい休憩できるか?をシミュレーションしてみました。
それが下図になります。(しかしGoogleドキュメントってこんなこともできるのね。便利だ・・・)

まずは各エイドで15分休憩、CP4では昼食がありますので30分休憩した場合を考えてみました。
この場合は22km/hで走ると、CP6の粕淵で足切りになってしまいます。23km/hだとCP6に到着が15:35という計算になります。
そこで今度は各エイドでの休憩を10分としてみました。
そうすると22km/hで走った場合のCP6到着が15:39という結果になりました。

先日の頑張らないヒルクラでの定例コース平均速度が22km/h台でしたので、あれよりは速く(登りは相当ゆっくりでした)走らないといけないということがわかりました。
逆に言うと、普段通りの走りを心がけていれば足切りは免れるだろうと考えています。

本番まで1ヶ月を切りました。
ここから更に走力を付けるのは難しいですから、いかに普段の走りができるか?が最も重要なのだとシミュレーションを通じて感じました。

最近のトレーニング内容

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最近、野呂山のタイムが右肩上がりで調子こいてるりゅうじです。

最近のトレーニング内容について書いてみようと思います。

トレーニングを設定するにあたり、次のような事をまず考えました。


  • 家庭持ちの大前提として、子供や嫁の相手をする時間を優先。

  • そうすると、土日はどこかで半日外を走る、平日は自動車通勤なので夜にローラー台のみ(それも週2日)という練習枠しか取れません。


・・・この中でいかにやりくりするか?

まず始めたことは記録。
手帳に毎日の安静時心拍数(目が覚めたときに布団の中で計測)と体重を記録しています。
あとはトレーニングをした日は、その内容と次の日の体調を書くようにしています。

最初はローラー台で強度60~70%を15分とか30分、週3日でやっていました。
すると次の日は肩が凝ったり、妙にイライラして怒りっぽくなったり・・・オーバートレーニングの症状が出ることがわかりました。
外で走るとこういうことはないので、おそらくローラーだと同じ心拍数でも体にかかる負荷は大きいのでしょう。そのため、ローラーで一定負荷を走る時は強度50~60%と設定しました。


こんな負荷ではスピードがつかないので、ローラーでの練習にインターバルトレーニングを取り入れることにしました。
インターバルトレーニングと言うとえらくきつい練習と思われるかもしれませんが、現在の設定では意外と次の日に疲れが残りません。が、続けてやるととたんに疲れが溜まるので週一回としています。

インターバルトレーニングの内容を決めるファクターはペースを上げて走る時間、速度、レストの時間、セット数です。
まず練習時間の関係上、トータルの時間を30分以内と決め、この中で3~5セット行うこととしました。
最初は時間の短い西チャレが目標だったので、ペース走+レストを5分とし、低い負荷から始め、ペース走の時間を短くしました。
本当の最初はペース走1分+レスト4分でした。何回か繰り返すうちにセット数をこなせるようになり、徐々にペース走の時間を長くしていき、ペース走3分+レスト2分を1セットとしていました。

現在は目標が石見なので、ペース走5分+レスト5分で3セットとしています。ペースを上げて走る時間が長い分、以前より若干負荷を低くしています。

この辺の設定量は色々調べましたが結局これという処方が見つからず、トライ&エラーの連続でした。
というか個人差が大きい部分なので、具体的な処方例というのが示せないのかもしれません。

こういうトレーニングを続けていると、最近はローラー台で同じ負荷で走っても、以前より心拍数が上がらなくなってきました。
以前では考えられなかった高い負荷でも長時間走ることができるようになりました。この辺が最近のタイムアップにつながっているのかなぁ、と考えているところです。

桜三連続

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土曜日は朝から職場の花見。
長男を連れて行きました。
車で行かないといけないので早めに出発。

着いた当初は長男も緊張していたようですが、次第に慣れてきました。
ここでもお姉さん達に「かわいー」と言われる長男。いったい誰に似たのか・・・?

皆さん大騒ぎでしたが、長男が眠そうなので先に帰らせて頂きました。
車に乗ってしばらくすると長男はぐっすり・・・やっぱりね。

帰宅した頃には長男も復活。今度は家でひたすら遊び相手をします。
家に帰ると次男もいるので、いつも喧嘩が勃発。とーさんは治安維持活動に大忙しです。

5時を過ぎて今度はこなき部長宅で自転車部の花見に出発。
そう、この日は花見ダブルヘッダーだったのです。
来てみればビックリするようなごちそうの数々・・・くるぱんさん、いつもありがとうございます。
ここでは気の知れた仲間同士、あちこち脱線しながら喋り倒しました。
噂によると僕のバカ笑いがお家の中まで響いていたらしい・・・ごめんなさいm(_ _)m

ひとしきり喋り倒して、お手洗いを借りにお家の中へ。
用を済ませて視界に入ったのはバランスボール。
何気に座って足を浮かせて遊んでいるとこなき部長の息子さんのK君が、
「えー、そんなんできるん!?」と。え?ちっと練習すりゃあできるよ。
「オレ、正座ならできるんじゃけど」って、そっちの方が難しいんじゃない?・・・と思ってやってみたら、あれ?できちゃった。
こっちもだんだんノッてきて、んじゃあ、これできる?とシングルレッグスクワットを披露するとK君「すげー!」と大興奮で、「じゃあ逆立ちやって!」と、なぜか逆立ちまでやるハメに・・・えーっと、何しに来たんだっけ?

9時になると眠くてしょうがなく、先に帰らせて頂きました。
いつもロクに片付けもせんと騒ぐだけ騒いで先に帰ってすいません(汗)


・・・翌朝。
5時に目覚め、家族を起こさないようにそーっと布団を抜け出します。
ウェアに着替えてロードに乗り、目指すは野呂山。
この日はタイムを狙わないつもりでスタートしたのですが、どうもいつもより心拍数が低い。
途中から色気を出してしまって結局タイムアタックしてしまいました。
タイムは41分03秒。
前回から3分も短縮!
我ながら一体どうしちゃったの??石見に向けてちょっとは自信が持てるようになったかな。

野呂山は山頂近くはまだ桜は咲いていませんでしたが、麓の方はまさに見頃。きっとこの日は多くの花見客で賑わったことでしょう。
登りではあまり桜を見る余裕がありませんでしたが、下りでは桜を眺め、ヘラヘラと笑いながら走っていました。
きっとすれ違った人は気持ち悪かっただろうなぁ・・・

頑張らないヒルクラ

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日曜日の午前中に走る時間を確保できました。

が、あまり遠くへは行けないので定例コースを走ることにしました。
朝の7時に家を出て、しばらく走っていると、野呂山TT第1戦が行われる日であることを思い出しました。

野呂山TT常連のアカシロさんに何時くらいに終わるのかメールで確認。
「9時半集合の10時スタート」というお返事が返ってきました。うーん、ということは野呂山を下り始めるのが早くて11時かぁ。
お昼に外出する約束を子どもとしていたのでやっぱり断念しました。事前にしっかり時間を調整しとかんといけんですねぇ。

下蒲刈周回は追い風に乗れて35km/hくらいで黙々と走ります。やっぱりこの区間が一番好きです。
下蒲刈から川尻に戻り、信号で止まると、後ろでビンディングを外す音が。
振り返るとこれまた野呂山TT常連のHさんでした。

H:「あれ?どこ行くんですか?」
り:「ちょっと走ってるだけよ。言うとくけどTTは出んよ」
H:「えー!行きましょうよ。サクッと野呂山上がって下りてくるだけじゃないですかぁ」
り:「(あいかわらず無茶な事を言う奴じゃ・・・)いやいや、今日はホントに早く帰らんといけんから」

という会話の後でコンビニに入っていくHさんでした。

さて、ここからは完全一人旅。
皆さんが野呂山でヒーヒー言っている時間帯に、僕は全く逆の事をしておりました。
それはタイトルの通り、「頑張らないヒルクラ」

運動強度60-70%の範囲の心拍数を守って坂を登りきることができるか?

というのが今回のテーマ。
安浦に入り、いよいよ野呂川ダムの登りが始まりました。
いつもよりさらにペースを押さえて走ります。
本当にゆっくりですが、登っていくことができました。
途中でダンシングも入れてみました。
いつもならダンシングを入れるとすぐ心拍数が上がるのですが、心拍数が上がらないように、おーもいっきりペースを落とします。
スピードは4km/hくらい。ハンドルも必要以上に押し引きをしないように・・・

意外と登れるもんです。
結局、登りセクションの最高心拍数は150でした。設定範囲を若干超えたのですが、許容できる範囲です。

ゆっくりと黒瀬まで坂を登り切り、10時半くらいに帰宅しました。


どうしてこういう事をしたかというと、もちろん石見グランフォンドを意識してです。
総走行距離200km、獲得標高3000m超のコースを制限時間以内にいかに走り切るか?
大体いつも登りで気合いを入れ過ぎて失速するパターンですので・・・意識的に真逆の事をやってみました。

いくつか気づいた事を。
同じ心拍数ならダンシングよりシッティングの方が速い
でもトルクはダンシングの方が有利
つまり基本はシッティングで、勾配がきつい所はダンシングで切り抜けるのが吉(前からやってることですが・・・)
時間を気にしなければ今回の石見のコースは完走できそう
でもシミュレーションの結果、こんなにゆっくりだとさすがに足切りにかかる可能性大

というわけで、「下りは押さえて、平地はそこそこ、登りはちょっと頑張る」走りを石見では心がけようと思います。

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