残された時間

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今日のtwitterでも言っていましたが・・・

最近、「自分に残された時間はそんなに長くない」と感じるようになりました。

いや、体そのものは健康です。健診でも異常なかったし、どこか具合が悪いわけでもないんです。

きっかけは間違いなく、スティーブ・ジョブズ氏の死去です。
僕の人生に多大なる影響を与えた人物の死は、実に多くのことを教えてくれました。
おそらくは死去にまつわるニュースで、彼の言葉を繰り返し目にしたことが影響しているのだろうとは思います。

ですが、その下地は随分前からできていたのかもしれません。

思えば、子供の頃から生への執着は弱かったです。今でもそうですが、生きていることが苦痛でしかたありませんでした。何しろ幼稚園時代に首吊り自殺を図るような子供でしたから。
それと、今までの仕事で随分力を使い果たしたのだと思います。就職してからこの10年ほど文字通り命を削る思いで仕事をしてきました。常にギリギリの選択を迫られ、いろんな人から罵声を浴びせられ、自らも怒声を上げながら、プレッシャーと闘いながら生きてきました。まさに戦場でした。が、ついに限界を感じて一線を退きました。

そうした日々の積み重ねが、「残された時間」に対する感覚を生み出しているのだと思います。
しかし、自分で書いていて不思議に思ったんですが、「生への執着は弱い」と言いながらも戦場のような職場で死ぬのはよしとしなかったんですよね。そこでは他人に振り回されてばかりで、自分の時間を生きていなかったんでしょう、きっと。

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このページは、りゅうじが2011年11月 6日 23:14に書いたブログ記事です。

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